教育はどこにいくのか

教育放浪の時代

著者:三井貴之
四六判/272頁/定価 1,600円(税抜)
ISBN978-4-903707-21-1
発売日:2010/5/21

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今こそルソーに帰れ!

ルソーは「エミール」でこう言っています。
ほんとうに自由な人間は、自分ができることだけを欲し、自分の気に入ったことをする。
これがわたしの根本的な格率だ。

ただ、これを子どもに適用することが問題なのであって、教育の規則はすべてそこから導かれてくる。

誰しもが教育について語りたがるのは、かつてはみんな生徒だった体験からくるものであり、また、社会のあらゆる場面の中で、教育という言葉と実践が、毎日のように繰り広げられるからです。

教育とは不確実であり、多様なものであると三井氏は述べています。
200年以上も前に書かれたルソーのエミール。
教育が混迷し放浪する中で、ルソーが語った言葉は、今この時代に重く響きます。

  • 序章 教育と社会のあいだ
  • 第1章 教育というゲーム
  • 第2章 教師というプレイヤー
  • 第3章 論争する教育
  • 第4章 始まりと終わり
  • 第5章 危機の教育
  • 第6章 教育放浪の時代
  • 第7章 教育のリアリティ
  • 第8章 教育の希望
  • あとがき 教育の深い森から


著者紹介

三井貴之 takayuki mitsui

1953年北海道生まれ。

北海道の公立高等学校教諭を勧奨退職し、NPO法人教育キャリアプロデュースを設立、現在代表理事。

豊富な教員経験を生かし、教育コーディネーター、教育プロデューサーとして学校サポート事業立案や教育アドバイス事業を行っている。また学校教育をはじめ、教育と地域・企業・団体・個人を結ぶ新しい協働・創発の可能性を提唱している。

担当編集者より

教育とは? という擦り切れたこの問いに、 学校の内と外から表現したいと言う三井貴之により、本書は刊行に至りました。

「擦り切れた」と言う表現は三井貴之によるものですが、教育、教育と、みんな声高に叫ぶけれど、教育っていったいなんなんだ?ということを、まともに問うていない、ということが三井の言い分です。誰しもが、みんなかつては生徒だった体験から、また、いつかは必ず通った経験から、教育に対しての「思い」があります。

本文での行に、「学校とは不確実なもの」であり、それは「多様な場」であると、三井は言います。テストの点数の良い生徒、運動に秀でた生徒、音楽芸術に特異な才のある生徒、など「いろんな人たち・価値観が集まっている場所」なのです。また、教師と生徒は上司と部下ではありません。校長と教師も社長と社員でもありません。教師は教師として独立した存在であります。

本文におけるこういった解きほぐしを経ると、現在の教育が放浪している理由も何となく分かってきます。企業社会の中で活動していると、ほとんどの企業経営者が、教育への重要性を説いています。「人材と教育」が全てだと言い切る経営者も少なくありません。

その企業側がいつも教育に対する提言として叫ばれるのは、「実社会にすぐ通用する人材と素養」を求めていることです。企業社会側の欲求と、教育現場の抱えている種々の問題が、必ずしもミスマッチであるとまでは言いませんが、教育について「まったく」とため息をつくことがあるのなら、解答のひとつとして本書が存在することを期待しています。

教育とは何かの問いには、教育を包むその輪を、見つめる必要もありそうです。

斉藤隆幸

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